まるさんの資料置場

本に囲まれ 資料に埋もれ。。。じゃ、紙の削減ね。

洗足池 千束八幡神社 東京都大田区南千束

前回のつづき。

せっかく洗足池駅に来たので洗足池を一周した。

歩道橋上から洗足池。中原街道沿いに柳の大木が数本並ぶ。

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中原街道に面した湖畔に建物(ボート乗り場?)があり、中に入れるようになっていた。

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中はガランとしてベンチがひとつあるだけだで、いい風が通り抜けていた。

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街道側の看板「テラスジュレ」は、4年前までここで営業していたレストランの名前だった。

【閉店】テラス ジュレ - 洗足池/カフェ [食べログ]

閉店は2011年6月で「東京都からの通達により建物を取り壊すことになった」との理由だったが、4年経っても建物は健在だった。テラスジュレ | 開店・閉店

 

ボートと乗り場は健在。

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洗足の地名については、お隣の目黒区のサイト、目黒の地名 洗足(せんぞく) 目黒区に詳しかった。池の名も。もとは千束だった(下記に転載)

 

南東側には湖畔の道はなく、一旦中原街道に出てバスの折り返し場の脇をはいり、左回りに歩いていった。下は対岸にあった案内図。

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上記の「洗足池DATA」から

公園の面積:約77,000㎡ 池の面積:約44,000㎡

一周:約1.2km 徒歩:約20分 

 

図書館を過ぎた先の左手に、竹林と山門があった。

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御松庵妙福寺というお寺。伝説の袈裟掛けの松(の三代目)がある。

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きれいに掃き清められた境内。竹林の木蔭とそよ風が気持ちよかった。

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奥の囲いの先には気になる日本家屋があった。

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 湖畔の方へ回り込んでいくと説明板のある石塔があった。

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日蓮上人の像も。

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銅像のそばに本堂。

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梁の彫り物が見事だった。

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参拝後に境内を出て、板壁に沿ってゆるい坂を上っていく。

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その先に湖畔に出られる小公園(桜公園)があった。

公園の東側に隣接してアプローチの長いお墓があった。

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勝海舟の墓があった。

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仲良く並ぶ夫妻の墓。

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と思ったら、こちらのブログに意外な話があった。

幕末偉人伝(無名の偉人たち): 最期に夫に愛想をつかした良妻 勝民子

 

勝夫妻の墓の隣には、広めの敷地に小さな祠が立っていた。

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敷地の正面の説明板で西郷隆盛を祀っていることがわかった。

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「勝先生は、晩年、この洗足池畔に洗足軒と呼ぶ別邸を設けられ、南州先生と日本の将来について歓談されたと伝えられます」とある。

洗足池 - Wikipediaによれば、留魂祠は「西郷が西南役に倒れた後、当時の東京府南葛飾郡の浄光院境内に勝が自費で建てたもの」で、「1913年(大正2年)に荒川放水路開鑿に伴い、当地に移建された」そうだ。

 

留魂祠から公園を湖畔へ降りていくと水生植物園がある。

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7月18日にはここで「はたるのゆうべ」が行われるそうだ。

大田観光協会公式ブログ|OH! TOWER

 

さらに池に沿って左回りに進むと、小島に厳島神社(洗足池弁才天)があった。

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このあたりが洗足池の北端。この北側は台地の端になっていた。

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 斜面を上がっていくと桜の木々が。桜山と呼ばれる場所だった。

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斜面の中段を廻る緑の小道。

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台地を降りて再び湖畔へ。気持ちのいい眺めがあった。右奥がボート乗り場の建物。

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さらに進むと3連の「池月橋」があった。

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橋のそばの斜面を上がると千束八幡神社があった。

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源頼朝とのつながりが深い場所だった。神社が設置した説明板には名文が。

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名馬・池月は銅像にもなっていた。

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橋の対岸から。池が入江状になっている場所で、正面の鳥居の奥の丘が千束八幡神社

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さらに進むと斜面の公園に紫陽花の大きな株があった。

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このときはあまり時間がなかったので、撮りながら歩いて一周30分程。次回はボートに乗って池からの眺めも見てみたい。