まるさんの資料置場

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評伝 小山清 2 両親 28 聖家族

 

 小山には聖家族をテーマとして随筆「幸福論 ( 8 ) ―聖家族によせて」( 1953年2月『新潮』⇒「聖家族によせて」) と小説「聖家族」 ( 1954年3月『文芸』) がある。

 聖家族とはイエスのその両親のヨセフとマリア一家のことであるが、「幸福論 ( 8 ) 」において小山は「聖母マリアと幼子イエスを描いた絵が好きだ」と聖母子に言及し、「 「 聖母子」への信仰と愛、それはこの痴情にある人の心の内部に深く根ざしてゐるものではなからうか。聖母子像、それは痴情のあらゆる母と子の姿の象徴であらう」と聖母子像に「痴情のあらゆる母と子の象徴」を見出す。また「マリアの神聖化」は「遠く世の母親たちの素朴な信仰心に胚胎」し、「世の貧しく愚かな母親たちは、マリアさまの前にぬかづく心をいつまでも失はないであらう」と述べる。なぜなら、マリアは彼女たちの心に「最も端的に生の意義を解明してくれる」からでという。。

 さにには、次のようにも述べる。

 私たちはもはや単に母と子の描いたものの中にも、容易に聖母子の姿を見出すことができる。これは幾時代もの苦難を忍んできた、世の母親たちの信仰のたまものである。 ( 略 ) いまや聖母子はどこにでもゐる。世の中の母親は誰しもマリアである。そして母性こそは女をその内面から輝かせるものである。 ( 略 ) 「をんな産まんとする時は憂あり。その期いたるに困りてなり。子を産みてのちは苦痛をおぼえず、世の人の生まれたる喜悦によりてなり。」これは母の懐ろにあつた幼子が、後年成長してキリストになつてからの述懐である。げに「憂ひは喜悦となる」のである。母親にとつてわが子のことは、それが心労の種である場合にも、なほ喜びの源泉なのである。
「幸福論 ( 8 ) 」より

 小山は「世の母親」すべてが聖母マリアであると主張する。その理由が母つたとのかかわりから二つ考えられよう。ひとつは、母から深い愛情をそそがれた小山が、その愛情を広く「世の母親」に敷衍することによって、彼女たちにマリアを見出したことである。もうひとつは、「いまや聖母子はどこにでもゐる。世の母親は誰しもマリアである」とすれば、小山も母も「聖母子」となり、「苦難を耐へ忍んできた」小山の母の人生も意味づけが可能となるからである。マリアが母親たちに「解明」する「生の意義」とは、言うまでもなく、我が子を慈しみ育てることであろう。マリアの「喜びは喜悦」となった。つまり、「母親にとってわが子のことは、それが心労の種である場合にも、なほ喜びの源泉」ということになれば、小山が母に「かけた苦労」も母は赦してくれているという考えに帰着するのである。

 「幸福論 ( 8 ) 」でヨセフについては、「「聖家族」の中でヨセフは常にワキ役的な存在として、または陰の人として扱はれてゐる」ことから、「慎み深い、出しゃばることの嫌ひな人」であったと推測する。そして、妊娠した許嫁のマリアをひそかに離縁しようと決心したが、それが聖霊によることを知らされると、結婚を躊躇せず、その上、子供の誕生まではいっしょに寝なかったというマタイ伝の記述は、ヨセフが「信仰に厚い堅実な人」「物事に動じない、思慮に富んだ、判断を誤またぬ、しかも憶測の情にも欠けてゐない人」であったことを物語るとする。

 マリアの配偶者としてふさはしい、ダビデの血糖をつぐ、この勤勉な技術者ことは、「聖家族」をその双肩に担った人である。エジプトへの道において、聖母子を乗せた驢馬をひくヨセフの肩のいかに逞しく、またその足どりのいかに力に満ちてゐたかを想像せずにはゐられない。ヨセフのことを思ふとき、私には、外に厳しく、内に優しい人のおもかげが浮かんでくる。
「同前」より

 小山によって語られる「逞しく」「力の道てゐた」ヨセフは、「陰気な黙りがち」「ひとりとぢ籠つてゐた」「配慮される側の人」という兼次と対照的と言える。とすれば、ヨセフには小山の持つ理想の父親像が投影されているといってよいだろう。そして、「ヨセフを父に、マリアを母にして生れ、そしてその誕生を柔和な動物たちと卑しい羊飼いによって祝福されたイエスは、やはり自らを柔和にして心卑しき人に形成した」 ( 同前 ) とする。つまり、イエスがイエスたるためには、ヨセフとマリアが両親でなければならなかったとみるのであり、小山にとって聖家族とはあるべき家族の姿なのである。

 小説「聖家族」はヨセフ、マリアと赤ん坊イエスのスケッチである。その中に、次のような場面がある。 

 マリアが身重であつたとき、ヨセフは代わりに水汲みをしたことがある。マリアがイエスを身籠つたことを、はじめてヨセフに打ち明けたのも、この井戸のほとりであつた。そしてまた、ヨセフがはじめてマリアの頭上に豪光を認めたのも、そのときであつた。そのときヨセフはマリアの顔を見ながら、彼女がむかしから母親のやうな感じのする娘であつたことに気がついた。そして自分がマリアに惹かれたのも、彼女のさういふ生れつきに対してだと思つた。その後もヨセフは折にふれて、マリアの頭上に豪光を見た。そして、その経験は彼の心を一層慎み深くした。彼はそのことをひとり胸に秘めて、誰にも語らなかつた。

 小山によって描かれるマリアの受胎は聖書にある結婚前の聖霊による受胎とは異なり、結婚した後とみることも可能ではないか。あえて言えば、このマリアは聖母マリアではなく、「世の母親は誰しもマリアである」という時のマリアに近いとみられよう。小山にとって聖家族とはあるべき家族の姿と言ったが、小山は聖家族にあこがれ、それを手に入れたいと願っていたのだろう。それを房子との結婚、さらに子供たちの誕生で小山は手に入れることができたのである。

 一年立つて、長女が生まれた。その後、二年立つて、こなひだ長男が生まれた。まる三年になるわけである。私には、ついきのふのことのやうに思はれる。また、自分の生活がいま始まったやうな気もしてゐる。
1955年6月『新潮』「対照を知らぬ信仰」より

 この一文に込められた小山の感慨は深い。 

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「思ひ出」より