まるさんの資料置場

本に囲まれ 資料に埋もれ。。。じゃ、紙の削減ね。

「淋しき生涯」について 志賀直哉~続々創作余談から

「淋しき生涯」(1941年 昭和16年 58歳)

 

 中村白葉君の訳したロシアの何とかいふ作家の「小悪魔」といふ小説を一寸面白く思ひ、自分も始終、自分の事ばかりを書いてゐず、「小悪魔」の主人公のやうな利己的ないやな奴を徹底的に書いてやらうと考へたが、さういふモデルもなく、あの小説の大宮蜂山(ほうざん)といふ人を書いた。奈良にゐた時の友達で、別にいやな人ではなかつたが、私は此人をつまらぬ人だと思つてゐたので、つまらぬ人を克明に書いて見ようと思つた。最初は私自身は出さず、この人を主人公に主人公にした客観小説を書くつもりだつたが、その為め此人の事を多少調べたりするのが面倒に思はれたので、矢張り自分との接触面だけで、なるべく立体的に書く事にした。小説としてはそれで却つてよかつたやうにも思つたが、この人が若い頃から色々苦労して、漸く文展に絵が通るやうになつたといふ喜びとか誇りとかに対し、私は只馬鹿にするだけで、本統の思ひやりには欠けてゐたと、今は思ふ。
 然し、作品の出来栄えは或る程度満足し、愛着を持つてゐる。

(昭和30年6月)