まるさんの資料置場

本に囲まれ 資料に埋もれ。。。じゃ、紙の削減ね。

「早春の旅」について 志賀直哉~続々創作余談から

「早春の旅」(1941年 昭和16年 58歳)


 時世は前と同じであるが、病気が快復したので、幾らか元気が出てゐる。大分、時が経つてから書いた旅日記だ。あの中で、東大寺赤門の上司海雲君を訪ねる所は一年か二年前に行つた時の記憶がそつくりその儘入つて、自分では少しもそれに気がつかずにゐると、あとになつて、上司君に云はれ、さういへば、「早春の旅」の時は上司君は赤門ではなく、観音院に移つてゐて、私達は其所を訪ねたのだが、その事は完全に忘れ、赤門を訪ねた時の事を書いて了つたのである。上司君は小説の構成上、一二年前の事実を其所に入れたのだと思つてゐたと云つたが、さうではなく、云はれるまでは全く気がつかずにゐた。連れの直吉が何も云はないのが、今考へるとをかしいが、直吉は大衆小説ばかり読んでゐて当時あの小説を読まなかつたのかも知れない。

(昭和30年6月)