まるさんの資料置場

本に囲まれ 資料に埋もれ。。。じゃ、紙の削減ね。

「邦子」について 志賀直哉~続創作余談から

「邦子」(1926年 昭和2年 44歳)

 

山科の記憶」など一連の作品の材料での心的経験を基に、存分に作つた小説。或る程度に打込んで書く事が出来た。信州沓掛 ( くつかけ )の千ヶ滝のホテルで前半を書き、戸倉といふ温泉に移つて後半を書いた。此小説は或人々には好かれ、或人々には好かれてゐない。女に対する考へ方で分かれるらしく、大体所謂フェミニストの傾向ある人々には此小説は愉快でないらしく、その反対の考へ方をする人々には同感を得るらしい。私自身では自分のものとして、「これも亦一つのもの」として愛着を持つ。邦子が昇汞( しょうこう )の結晶を呑んで、黙つてからまりついて来る所は、二十何年か前、私の或る友達の細君がさういふ事をした時の話をその友から聴いた事があり、それを書いた。終りの説明は蛇足であらうといふ長與の忠告で、此全集では仕舞ひを十数行去( と )つてみたが、その為め少しはよくなつたかも知れぬ。

(昭和13年6月)