まるさんの資料置場

本に囲まれ 資料に埋もれ。。。じゃ、紙の削減ね。

「菰野」について 志賀直哉~続創作余談から

菰野( こもの )」( 1934年 昭和9年 51歳 )


此小説は「暗夜行路」の最後と共に近頃では最も緊張して書いたものだ。材料そのものが、自分の気持ちにこたへたからでもあつたらう。然しこれも結局材料をまともには書けず、此材料を書くつもりで菰野に出かけ、どうしても書けなかつたといふ事の方を書いて了つた。つまり、此材料が如何に自分にこたへたかを書く事で、兎に角此材料を卒業した。何時か何かの形で自分の作品に出て来るかも知れないが、一ト先づ「菰野」でそれを吐き出した。作品としての出来栄えは近頃の短編では最も気に入つてゐる。
 此間大連の知人から、いとどといふ虫の事を精( くは )しく知らして来た。私が「暗夜行路」前篇で此虫の事を「海老のやうな背中をしたこほろぎ」と書いたので、それはいとどといふ虫だと教えてくれたのだが、経験した時、知らなかつたので、「海老のやうな背中をしたこほろぎ」と書いた了つた。所で「菰野」でも、「何といふ山か知らないが、白い雲と黒い雲が渦を巻きながらその高い頂きを越してゐた」と書いた其山の名が錫杖ヶ嶽( しゃくじょうがだけ )といふのだといふ事は実は書く前に地図で調べ、知つてゐたが、同じく、経験した時、知らなかつたので、さう描かなかつた。虫の名でも山の名でも、それを知つてゐる読者には気になる事かも知れないが、書く自身には経験した時の知識で書く方が安定した感じで気持ちがいい。再び、その山を書く事があれば、もう知つてゐるのだから錫杖ヶ嶽と書くだらう。私とても常にさうか、どうか分からないが、「菰野」の場合にはさうであつた。

(昭和13年6月)