まるさんの資料置場

本に囲まれ 資料に埋もれ。。。じゃ、紙の削減ね。

「うで玉子」 著:里見弴

初出 1925年 ( 大正14 ) 5月
「新小説臨時増刊 天才泉鏡花号」
同年 12月18日
「縁談窶」改造社に所収 

 

 花にはざつと半月早い3月20日がらみのこと、仰向に、寝床のなかで擴げてゐた新聞に、印度から像使ひが來たとて、頭に厚く布 (きれ) を巻いた、光つた顔の寫眞が出てゐたのを、總領の九つになる子が、芋虫ごろごろと轉げよつて來て、窺き込んで訊くから、斯々と話して聞かせたのがもとで、鎌倉のうちへ歸る前に、一周り、ちょいと動物園を歩いて來ようかと云ふことになつた。今度は、母親と下の二人は留守番で、上二人の男の子だけが、書生に連れられて、ほんの出張所にしてゐる番町のうちへ、一晩泊りで押しかけて來たと云ふものが、首尾よく二年級に進んだご褒美やら、新たに、「學校の生徒さん」になれたお祝やらをせびらうがためで、前の日には、雨のなかを、三越と云ふ大嫌ひな店へ御伴仰せつかつたわけだつた。

 上野から、すぐ東京驛に廻るつもりで、大分嵩張つた土産ものと、荷持の書生と、―――そんなこんなで贅沢ながら自動車をはり込んだ。ともて傭車 (ハイヤア) とは思はれない、眞紅に塗つた獨樂のやうな車輪のシャルマアで、無論子供たちは大はしやぎ、その喋ること、喋ること!

 櫻の梢は、米點めてた堅い蕾だつたが、薄日の具合は、もうすつかり花曇りで、風もなく、たゞ少々気温が低いだけ。雨あげくで往來はいゝほどに濕 (しめ) つてゐるし、月曜の午前だから人手も少い。―――昨日のお伴とはこと變り、出不精な、人込嫌ひの私も、大きにこれならば、と、だんだん機嫌がよくなつた。 

 その昔、と云ふほどでもないが、私が本郷の大學校へあがりたて、薄暗くて、埃臭くつて、腰掛が堅くて、周圍に聞える言葉が訛だらけで、がさつで、先生が顔を出さないうちから、もうとても教室にぢツと辛抱してゐられなくなり、ノートの風呂敷包みもとかずに、さつさと出て了ふと、七軒町から池ノ端、自然と公園へ足が向いて、動物園には、これでなかなか入場料を佛つたものだ。象の小舎の手前から右へあがつたあたりにあつた入込の、猿の、―――さアなんと云はふ、籠でも檻でもあるまい、金網張りの、大きな、まアあゝ云ふ圍 (かこゐ) のなかで、年寄の雄猿が、頻りに雌猿に挑まれながら、頬も尻も青白くなつて、迷惑らしいと云ふところを通り越した、全然無興味、没交渉な顔つきをそつぽに向けて、ぽかんとしてゐる容子などは、やがてもう二十年にもなるけれども、今もつて眼底に珍藏してゐる。ライオン、豹、熊、鳩など、それぞれ贔屓にした。その後ずツと經つてから、ライオンのところへなら嫁に行つてもいゝと云つてゐた女の人があつたが、その時にも、昔の動物園通ひが役にたつて、私には、つくづくと、その突飛な言葉の味はひが汲みとれた。―――兎も角、大學校を動物園に乗り換へたことは、私の一生から観て、さして誤つた選擇ではなかつたかと思はれる。

 ところで、久振りにはいつてみると、樹木が埃だらけだつたり、鶴のやうな、羽根の白い鳥が、鼠色に煤煤けてゐたり、―――ライオンの檻などは、寫眞でしか知らない西洋の動物園のそれほどにも立派になつてゐるのだけれど、どうも昔のやうないゝ心持にはなれなかつた。お初にお目にかゝる動物では、黒豹と云ふのに、むせつぽいやうな、一種激烈な感じがあつて、ちよつと惡くなかつた。つひに近所の竹の臺では、裸の繪や彫刻をやかましく云つて取締つてゐながら、口をあけた時の象の下唇を公開させて置くなんぞは、存外警視庁も甘いもんだ、と云ふ感想もあつた。私のそばにゐた若い夫婦だかなんかが、と、見て、不思議な眄 (めまぜ) を取り交してゐたのだから、これは決して私一人のひが目ではない。子供たちに、もの心がついたら、一緒には決して象の前に立つまい、などゝ、そんなことも思つかほどだ。

丘をおりて、孔雀のところへ行くと、その前の切石に腰かけて、前こゞみに、両肘を膝に、うで玉子をむいてゐる女があつた。無造作な髷なしで、ちよい〱着の大島を奥さんらしく寛 (ゆるや) かに着こなしてゐた。

 いきなり私には、ひどく現代はなれのした、懐かしい感じが來た。これが、茶店の、赤毛布 (あかげつとう) を敷いた上で食べてでもゐるのなら、別になんでもないのだけれど、茶店に遠い、それもベンチならまだしも、切石の腰掛で、うで玉子をむいてゐる奥さん、―――實際私には (はて心にくい… ) と云ふやうな念ひが湧いたのだ。無論出かける前にうちでうでて、別に焼鹽 (なみのはな) を小さく半紙に包んだりして、奮式 (きうしき) な手提袋にでも入れて提げて來たものに違ひない。そこに下街好みの、い云ふより色街好みの食ひしんぼうや下直 (げじき) さが、時代おくれの風流氣や丹念と混り合つて、―――兎に角今出来でない、一種なんとも云へない趣きが漂つてゐた。ちよつと先づ、泉鏡花の世界のものだらう。

  ―――とかう、無感動に説明して了つたのでは、一向味もそつけもないわけだけれど、そんな「味」だの「そつけ」だのと云ふ不明確なものは、日にまし影が薄くなつて行く世の中だから仕方がない。現に、鎌倉へ歸つてから、私がひとりで面白がつて、この話しをして聞かせたところ、私といくらも年齢の違はない、それも以前小説を書いてゐた友達に、
「なんです、一體どう云ふんです? うで玉子を食べたのが…、どうも、もうちつとあたまがいゝと解るのかも知れないが、…一體、それが、どうだつて云ふんです?」
と、てきぱき遠慮なく反問されて、實は私も、ちよいと悄氣 (しよげ) て了つたので、今度は、或いは少々鱠 (なます) を吹く態 (かたち) かも知れないけれど、せい〲現代的に話さうと試みてゐるわけなのだ。
 そこで、
 (はて心にくい…)
 と云ふ氣持で、遠くから、こゞんでゐる顔をそつと窺き込んでみると、故の□□座の専務取締役、T・T 君の未亡人だつたのだ。
 (こいつアいけねえ)
 と思つて、私はそこを大廻りによけて通つた。―――それはもう、私の方では、近頃稀に見る嬉しい景色だつたけれど、先方 (さき) のことにしてみれば、動物園の石の腰掛で、うで玉子を食べてゐるところなんぞ、知つた人に見られて、あんまりいい圖だとは思ふまいから、こいつはうつかり顔を見合せて、手に持つてゐるものゝやり場に困らせるやうなことでも起つたら大へんだ、と思つたからで、―――それも、「やア、暫く…」かなんかで、ざつくにそばへよつて行けるやうな間柄なら、却つて面白いのだけれど、私としては、去年の秋の、故人の葬式の時にも無精をきめ込んで行つてゐないくらゐだから、お辞儀をすれば、まづその悔みから述べてかゝらなければならないわけだつたし、第一、旦那様とも、大したお交際はしてゐなかつた。却つて、ずウつと以前、この人がまだT・T 君に嫁入りしない前、芳町のうれツ妓だつた時代を知つてゐると云つても、ほんの顔見知りで、それに私は好きでも嫌ひでもなかつたから、K・T と云ふ、これもつい先ごろスヰツルで客死した年下の友達の、一時可なり夢中になつて惚れてゐた時代に、そのおつきあひで呼んだだけのことだ。無論こつちは襟垢だらけで、洗ひざらしの紺足袋に、惡くすると鼻緒摺れの穴まであいてゐやうと云ふ時代だつたから、よくつて、源治店 (げんやだな) の菊水、下れば水天宮裏の鳥米などで、やたら鍋ばから煮つまらせても、もとより話の煮えさうな筈はない。それにさへ K・T と二人で、うちの応接間の書棚から、大日本なんとか史と云ふ、十四五冊の豫約本やなんかを擔 (かつ) ぎ出して、あとの穴へは、讀み古しの雑誌をぐい〲詰め込んで置いたりしたものだが、それでも十年以上經つて、T・T 夫人として、改めて紹介 (ひきあわ) された時に、彼方でも私を見覺えてゐてくれたのだから、少なくも四五度くらゐは逢つたことがあるかも知れない。云ふまでもなく、K・T は失戀したが、この人も丁度その時分か、もう少しあとかで、M市から來る若旦那と相惚れで、O・K 君の小説「□□□□」に書いてある通り、指を切つたりした末が、たうとう思ふやうにはいかなかつたとか云ふ…。

 ―――その、小指の先の短かくなつてゐる手が、咲くには半月も早いけれど、風のない、どんよりと、いかにも花曇りらしい空の下で、三十一歳の、やゝ骨つぽくなつて來た指先で、うで玉子をむいてゐるのだ。出がけに、ちよつと撫でつけて來たやうな束髪で、見えはしないが、恐らくは名古屋帯を、奥さんらしく低くしめてゐるのだらう、うんと前にかゝつた胸のあたりも樂さうに、兩ぐりの爪先立てゝ、三角に突き出た膝のさきへ、パラ〱と玉子の皮を落してゐようと云ふのだ…。

 これだけ噛んでくゝめるやうに云つても、なんの感じもないのなら、もうそれだけの話。
「やア、やつた〱」
 と、子供たちが云ふのに、振り返つて見ると、孔雀が羽根を擴げてゐた。仕方がないからあと戻りをして行くと、T未亡人も、その時にはもう玉子の始末をつけい了つて、綺麗と云へば綺麗だが、ギヨロ〱した幾百の眼玉に、いちどきに睨まれてゐるやうな、薄気味のよくない羽根の先が、微風に翌々 (そよそよ) と揺れてゐるのを、一心に立つて眺めてゐた。先には氣がつかなかつたけれど、同じやうな装ひをして、眼鏡をかけた夫人と、子供が二人ほど一緒に來てゐるらしかつた。當年の美妓、Hも、白粉ツ氣なしで、横顔の、頬のあたりに雀斑が目につく…。
「行かう」
 と、やがて低聲 (こごえ) に、うしろから子供たちの肩を叩いて、河馬の檻の方へ歩き出した時に、吃驚するほど大きな午砲 (どん) が鳴つた。―――と云ふのが、これが決して、小説作法、お約束の締めくゝりに、おつうすまして、無理に取つてつけた結句でない。すなはち動物園の通の一つで、孔雀の羽根を擴げたところが見たければ、必ずお午ごろを狙つてお出かけなさいと云ふ、いよ〱もつて樂屋落のさげまで、えゝもうじれツてえ、何もかもぶちまけちまへ!